短編小説:「極東航空株式会社 物語」 (24)
熊野とアジアエアーのジョージとの間で事務的な打ち合わせが始まった。
ジョージ・ヨーは、中国系のマレー人で流暢な日本語を話す。 マレーシア政府の派遣留学生として日本に2年滞在した経験を持っている。 日本はマレーシアにとって英国、エジプトに次ぐ第3番目の政府留学生の派遣先となっているが、最近は中国への留学を希望する学生が増加して日本人気が陰り始めている。
「熊野さん、僕は7年前の2年間早稲田の大学院に留学して修士をとりました。 日本は素晴らしい所です。 何でもあるじゃないですか。 秋葉なんてアジアの人の憧れの街になっている。 食事も美味しいし、それに日本人は美人が多いし・・・。 航空需要だってふんだんに存在すると思いますよ」
「確かに、アジアの訪日旅客数は増加している。 銀座通りには大型バスが数珠つなぎになってアジアの観光客を運び込んでいる。 今に銀座通りに居る日本人はタクシーの運転手さんと店の売り子だけになってしまう・・・なんて言っていた人が居ましたよ」
「そうでしょ、熊野さん、極東航空の需要予測は少な過ぎる。 貴方たちは、アジアの30億人以上の人口をもっと考えに入れないと。 そして、この地域には 経済繁栄と新中産階級の台頭があるじゃないですか。 ライジング サンの日本と、ダイナミックなライジングドラゴンであるアジアとの交流がますます増加する・・・。 南アジアの最貧国だって何時までも貧乏暮らしが続く訳じゃない。 安い労賃を求めて中国に移転した世界の工場が、既に南アジアに移動し始めているって言うじゃないですか」
「ジョージさん、だけど現実の需要を見ると、現在の日本とKUL間の座席搭乗率は67%と余り高くない。 我々は、アジアエアーの新路線開設により低運賃が導入される結果、新規需要が +30% も増加すると計算しているんですよ。」
「そこが問題だと思いますよ。 低運賃導入による新規需要は 1.5倍位はあると思うけれども・・・、問題は計算ベースとなる基礎需要を日本とマレーシア間の現行の直行需要だけに置いていることだと思うな。 どうでしょう、極東の需要予測をA案として、これとは別に日本とシンガポール間の需要を考慮したB案を作って見ませんか?」
「日本とシンガポール間のフルサービス航空会社の直行便は、毎日10便以上も飛んでいる。 マレーシアとの間ではタッタの3便程度だ。 シンガポール需要を加えて計算すれば、それは大きくなるに決まっている」
「熊野さん、計算を"こうするあーする"の技術論を我々は議論している訳ではない。 実際にどの位パシフィカ プロジェクトの摘み取りが期待できるかを探し出そうとしているのです。 日本とマレーシア間の航空路は、確かにNRTとKIX(新関西)からの1日当り3便の直行便しか存在しない。 マカオ経由の極東の便を入れても4.5便にしかならない。 ご存知だと思いますが、これ等の直行便以外に香港と上海経由の接続便が毎日約8便も飛んでいる。 シンガポールの場合は、毎日10便の直行便に加えて15便の毎日経由便が飛んでいる。 日本とシンガポール間の経由便の6割以上は上海経由だ」
「なるほど、経由便利用の旅客も考慮に入れようって訳か。 確かに、経由便を利用している旅客は、日本とKUL間の需要には表れない隠れた需要だ」
「その通りです。 中国の航空会社は、上海の経由便を格安で販売している。 我々のお客様を奪っているのです。 日本が、アジア・ゲートウエー構想や新成長戦略でもって、100近くもある地方空港に海外から積極的にLCC乗入れを誘致するとなると・・・、ますます経由便利用の東南アジア行き旅客が増加するだろうね。 東アジアの最南端の上海、香港、広東などが、格好の経由ハブ空港となるのではなかろうか。 そうなる前に我々がネットワークを張らないと・・・。 日本とKULの直行便を基幹便として、KULをハブ経由空港としたハブ&スポーク路線網を早く作らないと。 KULから先の東南アジアや南西アジアの目的地をアジアエアーのスポーク便で接続させるのですよ。 茨城KUL線だけのチッポケな話ではない」
「それって、ドバイのエミレーツ航空に似ている。 エミレーツは、業界では"スーパーコネクター"と呼ばれていますね。 シンガポール航空の戦略だってそうだ」
「その通り。 エミレーツはドバイを経由地にして全世界の主要都市を結びつけることを考えている。 ドバイは、4,500mの6本滑走路を備える年間1億5,000万人を取り扱えるドバイワールドセントラル空港を建設している。 この規模は、世界最大空港であるアトランタ国際空港の2倍に相当する。 そしてエミレーツは、880人乗りのスーパージャンボA380型機を90機も発注した」
「ドバイは、何でも世界一を目指していますね。 ドバイは、自国を空と海における人と物の移動の世界の中継拠点とする国家戦略を有している。 そのために、世界一の空港に加えて 広大な経済自由特区に隣接した67バースもある世界一の人工コンテナ港を完成させる。 その上で、ドバイは自国を豪華なリゾート地とする計画を有している。 世界最大の屋内人工スキー場を作ったり、"7つ星"と自称している多くの豪華ホテルを随所に建設したり、椰子の木形の人工島パームジュメイラを作ったりしている。 また世界最大のテーマパーク ドバイランドの建設にも着手している。 そして数ヶ月前には世界一高い摩天楼ブルジュ・ハリファ(828m)をオープンした。 しかし、その一方で 政府系コングロマリットであるドバイワールドが、260億ドル(2兆3,400億円)の負債返済に苦しんでいる。 過大な投資で国も破産寸前だって言うじゃないですか。 ドバイがヤバイことにならなければ良いが。 つい最近の新聞には、"ドバイ、ムンバイ、グッバイ"と書いてありましたよ。 まさかバベルの塔なんかにはならないでしょうね」
ジョージ・ヨーは、B案の詳細を説明した。 それによると、A案と同じ旅客単価を使用しても、周辺需要と接続旅客を取り込んだ結果 座席利用率(L/F)が60%程度に上昇した。 損益分岐搭乗率は、コストの一部を見直した結果64%に低下したのだが、このB案でもやはり利益の計上は実現できない。
「熊野さん、未だ4%の乖離がある。 4%は380席×4%≒15席に相当する。 後は営業努力ですね。 極東が言っているように、直販一辺倒では駄目で流通サイドの協力を仰ぐ必要があるようですね。 僕は、この乖離は誤差範囲だと思っている。 A330-300型機の償却費(定率法)が、機材導入初年度で大きいことも影響しているようだ」
「熊野さん、シンガポールに行く日本人は年間50万人以上いる。 マレーシアに来る日本人はその80%の40万人程度しか居ない。 あんな小さなシンガポールが、世界遺産を4つ持っているマレーシアより多いなんて考えられないじゃないですか。 尤も 最近は政府のツーリズム キャンペーンのお陰でマレーシアに来る訪問者も随分増加しているけれども・・・。 パシフィカ プロジェクトは、必ず多くの需要を喚起できる筈だ。 問題は航空運賃ですよ。 今の運賃は高過ぎる。 僕らは、これをブレークスルーするんだ」
熊野とジョージは、明日の本会議用のB案の資料を手際良くパワポにまとめた。
(次週に続く)